自省録2

2016/10/6 職業としての小説家 村上春樹4 オリジナリティーについて

【走った距離】  6.27km
【今月の累積距離】  52.95km
【ペース】 平均 5'56"/km、 最高 5'42"/km
【天気】 晴れ
【気温】 最高 28℃、最低 23℃
【体重】  64.0kg
【コース】
淀駅~会社
【コメント】

オリジナリティの実例

同時代に受け入れられた例 その1 ビートルズ

 初めてビートルズの曲をラジオで聴いたとき、たしか『プリーズ・
プリーズ・ミー』だったと思いますが、身体がぞくっとしたことを覚えています。
どうしてか? それがこれまでに耳にしたことのないサウンドであり、
しかも実にかっこよかったからです。どう素晴らしいか、その理由は
うまく言葉で説明できないんだけど、とにかくとんでもなく素晴らしかった。
その一年くらい前にビーチボーイズの『サーフィンUSA』を初めてラジオで
耳にしたときにも、それとだいたい同じことを感じました。
「いや、これはすごいぞ!」「ほかのものとはぜんぜん違う!」と。


同時代に受け入れられた例 その2 ストラヴィンスキー

 同じことはストラヴィンスキーの「春の祭典」についても言えます。
1913年にパリでこの曲が初演されたとき、そのあまりの斬新さに
聴衆がついてこられず、会揚は騒然として、えらい混乱が生じました。
その型破りな音楽に、みんな度肝を抜かれてしまったわけです。
しかし演奏回数を重ねるにつれて混乱はだんだん収まり、
今ではコンサートの人気曲目になっています。
今僕らがその曲をコンサートで聴いても、「この音楽のいったいどこが、
そんな騒動を引き起こすわけ?」と首をひねってしまうくらいです。
その音楽のオリジナリティーが初演時に一般聴衆に与えた衝撃は、
「たぶんこういうものであったのだろうな」と頭の中で想像するしかありません。


同時代には受け入れられなかった例 マーラー

 マーラーの音楽の場合は少し事情が違います。彼の作曲した音楽は
当時の人々には正当には理解されませんでした。一般の人々は--あるいは
まわりの音楽家さえ--彼の音楽をおおむね「不快で、醜くて、構成にしまりがなく、
まわりくどい音楽」として捉えていたようです。今から思えば彼は交響曲という
既成のフォーマッ卜を「脱構築」したということになるのでしょうが、
当時はまったくそういう風には理解されなかった。
どちらかといえばむしろ後ろ向きの「いけてない」音楽として、仲間の音楽家たちから
軽んじられていたようです。マーラーがいちおう世間に受け入れられていたのは、
彼が非常に優れた「指揮者」であったからです。彼の死後、マーラーの音楽の多くは
忘れ去られました。オーケストラは彼の作品を演奏することをあまり喜ばなかったし、
聴衆もとくに聴きたがらなかった。彼の弟子や数少ない信奉者たちが、
火を絶やさないように大事に演奏し続けてきただけです。
 しかし1960年代に入ってマーラーの音楽の劇的なまでのリバイバルがあり、
今ではその音楽はコンサートには欠かせない重要な演目になっています。
人々は好んで彼のシンフォニーに耳を傾けます。それはスリリングで、
精神を揺さぶる音楽として我々の心に強く響きます。つまり現代に生きる我々が
時代を超えて、彼のオリジナリティーを掘り起こしたということになるかもしれません。
時としてそうトうことも起こり得ます。シューベルトのあの素晴らしいピアノソナタ群だって、
彼の生きている間はほとんど演奏されませんでした。それらがコンサートで熱心に
演奏されるようになったのは、20世紀も後半になってからのことです。


オリジナリティは既成様式の破壊者

しかし多くの実例が示すように、同時代的に存在するオリジナルな表現形態に感応し、
それを現在進行形で正当に評価するのは簡単なことではありません。
なぜならそれは同時代の人の目には、不快な、不自然な、非常識的な
--場合によっては反社会的な--様相を帯びているように見えることが少なくないからです。
あるいはただ単に愚かしく見えるだけかもしれません。いずれにせよそれは往々にして、
驚きと同時にショックや反撥を引き起こすことになります。多くの人々は
自分に理解できないものを本能的に憎みますし、とくに既成の表現形態に
どっぷり浸かって、その中で地歩を築いてきたエスタブリッシュメントにとって、
それは唾棄すべき対象ともなり得ます。下手をするとそれは、自分たちの立っている地盤を
突き崩しかねないからです。


文学におけるオリジナリティ

 とくに文学においては、戦後長い期間にわたって「前衛か後衛か」「右派か左派か」
「純文学か大衆文学か」といった座標軸で、作品や作家の文学的立ち位置が
細かくチャートされてきました。そして大手出版社(ほとんどは東京に集中しています)の
発行する文芸誌が「文学」なるものの基調を設定し、様々な文学賞を作家に与えることで
(いわば餌を撒くことで)、その追認をおこなってきました。そんながっちりとした体制の中で、
作家が個人的に「反乱」を起こすことはなかなか容易ではなくなってしまった。
座標軸から外れることは即ち、文芸業界内での孤立(餌がまわってこなくなること)を
意味するからです。


村上春樹のオリジナリティ

 何はともあれ、それが僕の出発点でした。僕はそのいわば「すかすか」の風通しの良い
シンプルな文体から始め、時間をかげて一作ごとに、そこに少しずつ自分なりの肉付けを
加えていきました。ストラクチャーをより立体的に重層的にし、骨格を少しずつ太くして、
より大がかりで複雑な物語をそこに詰め込める態勢を整えていきました。それにつれて
小説の規模も次第に大きなものになっていきました。前にも言ったように「こういう小説を
ゆくゆくは書きたいんだ」というおおよそのイメージは自分の中にあったわげですが、
進行のプロセス自体は意図的というより、むしろ自然なものでした。あとになって
振り返ってみて「ああ、結局そういう流れだったんだな」と気づいたことで、最初から
きちんと計画してやったことではありません。
 もし僕の書く小説にオリジナリティーと呼べるものがあるとしたら、それは「自由さ」から
生じたものであるだろうと考えています。僕は二十九歳になったときに、「小説を書きたい」と
ごく単純にわけもなく思い立って、初めて小説を書きました。だから欲もなかったし、
「小説とはこのように書かなくてはならない」という制約みたいなものもありませんでした。
今の文芸状況がどのようなものかという知識もまったく持ち合わせていなかったし、尊敬し、
モデルとするような先輩作家も(幸か不幸か)いませんでした。そのときの自分の
心のあり方を映し出す自分なりの小説が書きたかった--ただそれだげです。
そういう率直な衝動を身のうちに強く感じたから、あとさきのことなんて考えずに、
机に向かってやみくもに文章を書き始めたわけです。ひとことで言えば
「肩に力が入っていなかった」ということでしょう。そして書いている間は楽しかったし、
自分が自由であるというナチュラルな感覚を持つことができました。
 僕は思うのですが(というか、そう望んでいるのですが)、そのような自由でナチュラルな
感覚こそが、僕の書く小説の根本にあるものです。それが起動力になっています。
車にたとえればエンジンです。あらゆる表現作業の根幹には、常に豊かで自発的な
喜びがなくてはなりません。オリジナリティーとはとりもなおさず、そのような自由な
心持ちを、その制約を持だない喜びを、多くの人々にできるだげ生のまま伝えたいという
自然な欲求、衝動のもたらす結果的なかたちに他ならないのです。


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by totsutaki3 | 2016-10-06 22:13 | 読書 | Comments(0)

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